健康ニュース
2015.02.10
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ひと事でない若年性認知症 ~ティーペック健康ニュース
2006年に日本アカデミー賞の優秀作品賞を受賞した『明日の記憶』(原作:荻原浩)という映画では、渡辺謙が演じる広告代理店に勤める49歳のやり手営業マンに起きた若年性認知症の発症と、それを支える家族との関係を描いています。映画では医師から若年性認知症の可能性を診断された主人公が、バカバカしい、老人の病気じゃないですか、というような趣旨のことを言って、食って掛かるシーンが出てきます。
認知症と聞くと高齢者だけの病気と思い込みがちですが、決してそのようなことはありません。若年性認知症は本人だけでなく職場や家族にとっても影響が大きなものとなりますので、この機会に若年性認知症について理解しておきましょう。
さまざまな病気で認知症になる
認知症は脳に起きた「何らかの障害」によって脳の神経細胞が破壊され、脳の知的機能が低下し、日常生活を送ることが困難になる症状をいいます。この「何らかの障害」につながる病気は複数あり、若くても発症する可能性があります。たとえば交通事故などによる脳の損傷の後遺症として認知症になることもあります。定義としては65歳未満で発症した認知症が若年性認知症です。
高齢になってからの認知症と65歳未満の人の若年性認知症に病気としての違いがあるわけではありませんが、まだ働き盛りの年代で発症することから、仕事を失い収入が途絶える経済的な問題や一家を支える大黒柱が病気になることによる家族関係の問題、家にこもり社会とのつながりが失われ孤立する問題など、さまざまな問題が生じます。
主な若年性認知症には、原因となる疾患から次のような特徴があります。
①脳血管性認知症
脳の血管が詰まったり、出血したりすることで神経細胞が破壊され、人格の変化や認知の障害などさまざまな症状が現れます。どのような症状が現れるかは、破壊された脳の部分によって異なります。糖尿病や高血圧などの脳梗塞や脳出血を起こしやすい持病がある場合には、小さな梗塞や出血の繰り返しにより、段階的に症状が進行していくことがあります。
②アルツハイマー型認知症
アルツハイマー型認知症の最初の症例として報告された患者は、40代で発症し50代で亡くなったとされています。決して高齢者だけの病気ではありません。若年で発症した場合は、記憶力の低下だけでなく作業能率の低下や抑うつ、意欲の低下などが先行することで、うつ病やストレスによる心因性の病気と間違われることがあります。初期は記憶障害の症状から始まり、進行すると場所や時間、人物などが認識できなくなります。
③レビー小体型認知症
手足のふるえ(パーキンソン症状)や幻覚(幻視)などが主な症状の認知症です。レビー小体型認知症の幻覚は日中の意識がはっきりしているときに具体的な体験として現れるため、それに伴って妄想や異常な行動が起こります。初期には記憶障害は目立たず、見た物を認知する能力の低下や作業能率の低下が先行する場合が多いとされています。日によってはっきりしているときとボーっとしているときが入れ替わることも特徴です。
④前頭側頭型認知症(前頭側頭葉変性症)
感情や行動、理性を司る脳の部分が萎縮することで、記憶力や認知機能の変化の前に性格の変化が起こり、社会のルールが守れなくなっていきます。万引きや痴漢などの反社会的行動を繰り返し、警察ざたになることで職を失って家庭が崩壊することも珍しくありません。本人は犯罪が悪いことだと認識はしているのですが、理性的なコントロールができなくなってしまうのです。極端な逸脱行動に至らない場合でも、身だしなみがだらしなくなり、対人的な態度が無責任なもの(上司に対してなれなれしくするなど)となっていきます。ひとつの行為を集中して続けることができず、話をしていて突然立ち去ってしまうことがあります。
※このほかに長期間のアルコール依存症に伴うアルコール関連障害によっても認知症が起こります。
早期診断・早期治療と周囲の対応
認知症は一般的に症状が進行していく病気ですから、早期治療で少しでも進行をくいとめ、残った認知機能を活用しながら生活するための対応を、1日も早く本人も周囲も考えることが重要です。しかし、若年性認知症では、うつ病などの他の病気と見分けるのが難しく、治療が遅れてしまいがちです。診断・治療の遅れは病状の進行を早めるだけでなく、職場においては業務上のリスクになり、家族にとっては収入の低下や家族関係の悪化につながります。
若年性認知症の正確な診断を受けるために、疑わしい場合は認知症の専門医を受診するとよいでしょう。日本老年精神医学会や日本認知症学会のWEBサイトに専門医リストが掲載されていますので、それを参考に近隣の信頼できる専門医を探すことができます。もし一般の医療機関を受診する場合は、精神科、神経科、神経内科、老年科などで相談してみましょう。医療機関によっては「もの忘れ外来」が設置されていることもあります。
職場の対応
認知症の多くは突然発症するわけではなく、徐々に症状が進み、それが職場での行動としても現れていきます。診断がつくまでに同僚の負担が増し、本人は周囲からの見当外れの援助でますます混乱してしまいます。早期にきちんとした診断をつけ、正確な知識を基にした企業としてできる援助を行えば、職場の混乱を防ぎ企業リスクの軽減につなげることができます。多くの場合、本人は作業能率や意欲の低下など、何らかの異常を感じていますので、産業医が面接して本人の訴えを聞くとともに、問題解決のために専門医の受診を勧めることが大事です。
家族の対応
もの忘れによる失敗が続き、これまでやれていた仕事がうまくいかなくなることで、本人は大きな不安を抱えています。「認知症になったのではないか」というやり場のない恐怖や怒りから自分を守るために、医療機関の受診を拒否して家族を困らせることがあるかもしれませんが、認知症の人なりの悲しみの表現であることを理解して支援していきましょう。まずは、できるだけ早期に専門医の診断を受け、治療を開始することが重要です。本人に付き添って受診し、あらかじめ記録していた本人の様子の変化を医師に伝えると、医師は診断の材料にできます。
また、本人の気持ちとは別に病状の進行で仕事ができなくなっていきます。収入が減ることで経済的な問題が生じることが考えられますから、収入の減少に対応できる生活設計を検討しておく必要があります。利用できる公的支援についても確認しておきましょう。
若年性認知症は、社会の主要な担い手として期待される年代に発症することから、本人も家族も認知症であることをなかなか受け入れられないことが少なくないと言われます。高齢期の認知症に比べて、社会の理解や支援はまだまだ十分とはいえませんが、各自治体がハンドブックを作成するなど支援の輪が広がっています。ひと事だと思わず、映画『明日の記憶』を通じて、若年性認知症と家族のつながりを考えてみてはいかがでしょうか。
<参考資料>
『若年性認知症ハンドブック-職場における若年性認知症の人への支援のために-』(東京都福祉保健局)
『若年性認知症支援ガイドブック 相談を受ける人が知っておきたいこと』(社会福祉法人仁至会 認知症介護研究・研修大府センター)
『若年性認知症ハンドブック 若年性認知症と診断された本人と家族が知っておきたいこと』(社会福祉法人仁至会 認知症介護研究・研修大府センター)