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プレスリリース

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【毎年4月1日はこころのヘルスケアの日】応募総数906作品「先生からのお守りコトバ」受賞作品を発表

EAP、心理カウンセリングサービスなどの医療・ヘルスケアサービスを提供するティーペック株式会社(本社:東京都台東区、代表取締役社長:鼠家 和彦)は4月1日こころのヘルスケアの日の企画として、「先生からのお守りコトバ」を募集しました。

全国から寄せられた906作品から、最優秀賞・優秀賞・入選に加え、「つながるティーペック賞」「プラスバトン賞」「ゆきこ先生賞」を選出し、このたび受賞作品を発表します。

最優秀賞(1名、賞品:3万円ギフトカード)

顔晴れ  
(ゆずもち・16歳・女性・千葉県)

友人とのトラブルや受験のプレッシャーで疲弊して自信を持てずにいた時、担任の先生が伝えてくれた一言。

「顔が晴れる」と書く。

「がんばれ」というコトバを笑顔で言われると大丈夫だと思えるようになりました。今でも不安な時には、先生の笑顔と「顔晴れ」という声を思い出しています。        

優秀賞(2名、賞品:1万円ギフトカード)

せんせいはあなたのことがだいすきです」
(しじみ・54歳・女性・岐阜県)

娘が幼稚園児の時です。娘は年中さんになっても、毎朝園に着くと泣き出したり手を異常なほど洗ったりと精神的に不安定でした。

ある時、担任の先生から娘へのお手紙にこのコトバが書いてあり、娘は飛び上がって喜んで、その後徐々に落ち着いて園に行くようになりました。

子育てにおいて、子どもが自分は愛されていると思えるのは大事なんだと教えてもらいました。親にとっても、嬉しくありがたい言葉です。 

人生、思っていたほど”最高の結果”が出ることはなかなか無いけど、思ってるほど”最悪の結果”もまず出ないよ
(ビタミンズ・46歳・女性・大阪府)

中学生の時の先生から高校受験直前にかけられた言葉です。もう30年ほど前にもなりますが、”ベストを尽くせ!”努力を惜しむな!”で毎日深夜まで勉強をしていました。

初めて受験という人生の岐路に立った当時の私は、もし不合格になってしまったらこれからどうなってしまうのだろう…と不安でいっぱいになっていました。

授業の最後に先生の経験を踏まえた言葉で”もしダメでもなんとかなるよ!”というニュアンスの言葉でしたが、人生の道は一つじゃ無いんだとこの先行く道に希望を持つことが出来ました。

入選(18名、賞品:3,000円ギフトカード

“居る”ということは誰かの心に住むということ
(翠雨・23歳・女性・兵庫県)

大学二年生の後期。発達障害の二次障害で不安障害になり、大学へ行くことが難しくなってしまった時期があった。それでも、三年生の初回授業から休むのはさすがに良くないと思い、『とりあえず一週間だけ頑張ろう』と決めて、電車の中で薬を握りしめながら、なんとか教室まで辿り着いた。そこで出会ったのが、後の恩師だった。

その先生は非常勤講師で、博士論文を書いている真っ最中。良い意味で“先生らしく”なかった。

初回授業で先生はこう言った。「俺の授業では、基本的になにをしてもいいです。一限だしきっとお腹も空くので、パンくらいなら食べてもいいです。ただし、真面目に授業を受けたい人の邪魔にならないようにだけお願いします。一方的な授業にならないようにグループワークもやります。でも、グループワークがしんどい人もいると思います。だから、窓側が参加できる人、ドア側がしんどい人。気分で席を変えていいので、無理はしないでください」 

その言葉が、苦しくなっていた私の心にそっと隙間を作ってくれた。「居てもいい場所」が、突然目の前に現れたようだった。さらに先生の専門分野がASDの研究だと知り、私にもADHDやASDの特性があることから、その安心感は大きかった。

そして先生は、私たち学生にこう提案した。「二限空きコマの人や、お昼一緒に過ごす人がいない人は、お話したりカードゲームでもしませんか?」 私は二限が空きだった。『これは仲良くなるチャンスだ!』と思い、参加してみた。それから私は、どんどん距離を縮めた。気づけば毎週木曜の一限が終わると廊下で待ち、二限とお昼休みを先生と過ごすのが当たり前になっていた。 

そんなある日、何となく不安がこぼれた。「毎週木曜、1限の授業終わりから3限始まりまで私と過ごすの嫌じゃないですか?迷惑だったら言ってくださいね?」 先生は少し考えてから、こう言った。

「んー、嫌とか嫌じゃないとか考えたことなかったな。廊下で待ってくれてたら、『今日も居るな』って思う。嫌な意味じゃなくね。上手く言えないけど、俺にとって“居る”って大事なことなんだよ。この先、この時間が無くなったとしても、君と話した事実、君自身の話を聞いた時間は、俺の中に残り続ける。ふとしたときに思い出して『元気にしてるかな』って思う日がきっと来る。

出会わなければ、その“思い出す時間”すら生まれないわけでしょ。こういう何気ない日常とか、出逢いの積み重ねで俺という人間が出来ていくわけだから。……つまり、“居る”っていうのは誰かの心に住むってことなんじゃないかな」 

その言葉を聞いた瞬間、私は知った。居場所は、誰かと繋がったとき、相手の心の中にできるものだと。今でもこの言葉は私にとってのお守りだ。あの日の先生の言葉が、今でも私の心に住み続けている。

心が変われば行動が変わる 
(ビックリマンボー  ・17歳・男性・和歌山県)

中学校の野球の監督からの言葉。心が変わることで行動、習慣、人格、運命を変えることができる。この言葉を信じて道具を大切にしたり、人の気持ちを考えることができた。

やるかやらないかで迷ったら、やる方を選択しなさい  
(はる・34歳・女性・岐阜県)

私は小学生の時、大変な引っ込み思案で、どうしようと悩んでるうちに全ての出来事が過ぎていく日々でした。やらなくてよかったという安心感と、やれば良かったの板挟みで身体が止まっていました。

そんな時に、六年生の担任の先生が声をかけてくれました。「やる」「やらない」の二択が出たら、考え込む前に「やる」を選択せよという説明を受けました。霧が晴れたように、選択肢が出たら「やる」を選べるようになりました。

「やる」後悔は当然生じる時もありますが、足が一歩前に出るようになったのです。「やる」を選択すると、「どうすればやれる(成功する)のか」をセットで考えることになるのだと気づきました。社会人の今も踏み出す勇気を貰っています。

PS: 好きな言葉なので、応募できる機会を与えてくださってありがとうございます。

朝起きれて、ご飯が食べれて、夜寝れたらそれでいい
(チロ・18歳・女性・長崎県)

私は、高校3年生の夏休みにパニック症候群になってしまい、2学期が始まってもなかなか思い通りに学校に行くことができませんでした。家から出るのがとても怖く、学校に行かないといけないとわかっていても体が動かず、涙が止まらない毎日でした。

今まで通りの生活ができない自分が受け入れられず、将来のことも心配になりました。そんな時、先生から、朝はしっかり起きれてるのか、ご飯は食べれているのか、夜はしっかり寝れているのかを聞かれました。私が答えた後先生は、朝起きれて、ご飯が食べれて、夜寝れたらそれでいいと言ってくださいました。

勉強ができていなかった不安も大きかったため、日常生活が送れたらそれでいいと言ってくださりとても心が軽くなりました。それからは、勉強のことは気にせず、しっかり日常生活が送れるように体を慣らしていきました。

保健室登校から始め、徐々に教室にも行けるようになりました。今までの私は、何事にも全力で取り組もうとしていたため、先生からの言葉のおかげで、今できることをがんばろうとおもえるようになり、希望していた進路の実現にもつながりました。先生にとっては、きっと何気なく発した言葉だったかもしれませんが、私にとっては心を救ってくれた温かい言葉でした。先生には本当に感謝しています。

PS: 私は、先生の言葉だけではなく、保健室という存在にも救われました。支えてくださった先生方や家族に本当に感謝しています。

キミ、バカのふりしてるけど優しいだけでしょ
(ほぼカブトムシ・35歳・男性・東京都)        

中学生の頃。自分は、いじられキャラだった。笑いを取るためにピエロを演じる。みんな笑ってくれるけど、バカにもしてくる。恥ずかしいし、ちょっとつらかった。そんな時、樹木みたいな歴史の先生の一言に貫かれた。

「そうか、自分は、人よりも優しいんだな」と自覚した。いまも職場で同僚に笑われている。でも、それでいい。

いいの、私が好きだから
ありんこ先生(女性)        

教師4年目。「死ね」「うぜぇ」と平気で言われる日々。それでも、同じ学年を組んだベテランの先輩は、いつも笑顔でした。「いいの。嫌いって言われたら、『でも先生は君が好きだよ』って返すだけだから。」なるほど。教師が子どもを愛することに、理由はいらない。見返りを求めなくていい。

教師15年目。
今でも、心を削られる日はあります。それでも、「教師が子どもを愛す。愛が心を育てる。」そう信じられるようになった、私のお守りコトバです。  

どんなときでも、まず深呼吸してみて
(れなけんのママ・50歳・女性・東京都)

20年ほど前、理学療法学科で生理学と臨床生理学を教えてくれた元防衛大学校出身で、厳しい訓練の世界を経験してきた女性の先生の言葉です。先生は、ご自身の体調管理のためにコンディショニングを学び、呼吸の大切さを実感されていました。

授業や日常の中で、つらそうにしている学生や、やる気が出ないときの私に対しても、決まってこう声をかけてくれました。「今は何もできなくていいから、ゆっくり深呼吸してみて」当時の私は、気持ちが追いつかず、前に進めないことがよくありました。そんなときに「頑張れ」ではなく、「呼吸」に立ち返る言葉をもらえたことで、少しだけ心が整う感覚を知りました。

それから20年以上経った今も、息が詰まりそうになるとき、私はまず深呼吸をします。あのときの先生の声が、そのまま残っているように感じるからです。大きく息を吸って、ゆっくり吐く。それだけで、今ここに戻ってこられる。この言葉は、今も私のお守りです。          

PS: 今もこの言葉を思い出すたび、心が少し軽くなります。同じように苦しいと感じている方の支えや一助になればと思い、応募しました。

あなたはとうに私を超えています 
(iddm my・女性・岐阜県)

私は発症して20年を迎える1型糖尿病患者です。発症してからずっと診ていて下さった主治医先生が、7-8年経った頃、診察室で日々の血糖コントロールについて相談したところ、「あなたはとうに私を超えています」と仰ってくださいました。

インスリンが枯渇している1型糖尿病患者は毎日数回のインスリン注射をして血糖値をコントロールしています。毎日、食事を考え、血糖値を見てインスリン量を考え実践している努力を、主治医先生は褒めてくださったんです。私の、今の血糖コントロールが叶っているのは主治医先生のご指導のおかげです。

二人三脚で先生と病気と向き合えて、私はシアワセな患者だと思いました。        

PS:主治医先生は5年前、ガンで早世されました。きちんと感謝の気持ちをお伝えできていなかったようで、今回、投稿するきっかけとなりました。合掌

あなたにとって今年のクリスマスは最悪どん底かもしれない。でもクリスマスって来年も再来年もやって来るよ。最高幸せに過ごせるように治療しましょう
(めぐぐ  ・53歳・女性・千葉県)

2022年クリスマスの日私は化学療法室にいました。乳がんの抗がん剤点滴です。口内炎できないように氷を口に含み吐き気副作用の恐怖に怯えていました。薬剤師の先生に愚痴りました。

がんは見つかるは手術して抗がん剤で髪抜けるわ今年は最悪のクリスマスだわと。クリスマスは今年だけでない来年もある…勇気と元気の出る励ましをいただきました。現在経過観察中です。

2025年のクリスマスも無事に迎えることが出来ました。       

PS: 先生の言葉が生涯のクリスマスプレゼントです。

今、ここで、この番号に電話をかけてください
(蓮花(はすはな)・46歳・女性・新潟県)

「寄り添う」というのは、ただ情報を渡すことじゃない。相手がその情報を使えるように、一緒に行動することだ。その言葉を私に言ってくれたのは、私が生活に疲れきっていた頃の自分よりも若い指導教官だった。

「大変そうだね」と気にかけてもらうだけでも救われるけれど、先生はその先の“行動”の大切さを教えてくれた。

人は、不安や迷いがあると、情報を持っていても動けないことがある。

だからこそ、一緒に一歩を踏み出すことが大切になる。その小さな行動こそが、相手の背中を押す力になるのだと気づかされた。

その言葉を聞いてから、私は自分の子どもへの向き合い方が変わった。「勉強しなさい」と言うだけでは、子どもは動けないことがある。だから私は、隣に座って一緒に机に向かう時間を作るようにした。ただ一緒に行動するだけで、子どもの表情が少し柔らかくなる。その変化を見て、先生の言葉の重みを静かに実感するようになった。

「寄り添う」とは、ただ相手のそばにいて声をかけることではない。相手が一歩を踏み出せるように、一緒に行動すること。その言葉は、今の私の人生の軸になっている。

PS:その後、私は女性支援相談員になりました!寄り添いの一歩先へ、供に伴走することを胸に刻んで活動しています。

あなたはスルメイカのような人だから噛めば噛むほど味が出る。それを強みに頑張っていきましょう
(荒田妙・69歳・女性・徳島県)

これは私が高校生の時に俳句の上手な国語の先生からもらった言葉。

その時は、「え?いか?」と思った。調べてみると一番おいしいイカは佐賀県呼子のケンサキイカ。甘みがあり「イカの女王」といわれているとあった。

あれは50年前のこと。先生、私はその言葉を“かみしめ“、つらいときもこれを越えれば“味が出る“と心で思いながら過ごしてきました。イカ大好き。「あたりめ」ともいう。運が良い言葉ととらえてきました。先生ありがとうございます。

お元気ですか。(みっちゃん・52歳・女性)

昔々まだ高校生だった頃、私は人生で一番人間関係につまづいていました。

昨日まで仲良くしてた人間関係の全てが崩れ、毎日が生き地獄のようでした。苦しくて苦しくて誰かに聞いてほしくて堪らないのに、それを相談できる相手すらいない。  

半年のあいだ、どうにか抜け出せる方法がないか、必死に探し回っていました。そんなとき、以前通っていた塾の先生から、「お元気ですか。」とただ一言書かれた年賀状が届きました。

普段なら気にも留めないその言葉に、気付けば年賀状を抱きしめ、大声で泣いていました。年賀状をくれた先生は、元々小学校の教師をされていた方で、定年後は自宅で塾を開いていたおばあちゃん先生でした。

子供が大好きなのに、先生自身は恵まれなかったようで、その分、生徒たちには沢山の愛情を注いでくれました。そんな先生の言葉だからこそ、私には痛いほど心に刺さったのです。その後、先生に電話をして、話を聞いてもらいました。先生は昔と変わらず、優しく「うん、うん」と静かに聞いてくれました。しばらくして、少し元気を取り戻した私は、これ以上、人間関係で悩むのは諦め、ひたすら勉強に打ち込みました。

そして実はいま、中学校で教師をしています。毎年数え切れないほどの生徒を見送ってきましたが、何でもないときでも、生徒には「元気ですか」と声を掛けるようにしています。多感な時期、話しかければ鬱陶しいと言われることもあります。それでも、「ちょっと聞いて欲しいんだけど」とポツリと話し始める子もいて、少しでも心が軽くなれば良いなぁ、と思いながら聞いています。

皆さんは、お元気ですか。                 

ネガティブに捉えればそうかも知れない。でも手術を頑張って乗り越え、四つ葉のクローバーをつかみ取りましょう
(畑本つばめ・47歳・男性・兵庫県)

病気で手術の日。その日は四日と決まってました。四=死を連想させ、縁起が悪い。そんな愚痴を医師に漏らしたところ笑顔で答えました。

「ネガティブに捉えればそうかも知れない。でも手術を頑張って乗り越え、四つ葉のクローバーをつかみ取りましょう」

そう、四の解釈が全く異なったのです。私はポジティブになり無事手術を乗り越え、幸運の四つ葉のクローバーをつかみ取りました。

管理職自身が率先してセルフケアを行うことが大事
(キズナ・66歳・男性・福島県)

十四年前の東日本大震災では、私の職場は震災対応の一つとして遺体安置所等の補助業務を担っていたが、これらの業務を担当していた職員の中には体調不良を訴える者が出てきました。

そういう厳しい状況の中で、派遣された医師から提言が出された。

1 不調が続く一部の者には、管理職による見守りが必要
2 管理職は、その者を孤立させないこと、必要により専門家につなげる
3 管理職自身が率先してセルフケアを行うことが望ましい

当時、管理職(課長)であった私は、次から次へと経験のない困難な対応を求められ、それに加えて通常業務も疎かにできない状況に追い詰められていたと思います。一方、私は管理職であったことから、私の部下の二十数名に対しても不調者がいないか、業務等は滞っていないかなど絶えず心配の種は尽きず、いつの間にか自分自身を追い込んでいった気がします。

そういう緊張状態が続く中で、医師から「管理職自身が率先してセルフケアを行うことが望ましい」と言われたことで、管理職は、部下達への配慮や見守りは当然としながらも、自身の心と体の健康やストレス等に向き合うべきであることを改めて気付かされました。

さらにこの言葉は、職場全体のストレス傾向を知り体調不調の未然予防とフォローアップにつなげるため、職員全員を対象する職場ストレスチェック調査を積極的に推進する大きな動機づけとなりました。          

PS: 私は、震災後、血圧が高くなって受診が必要となっていましたが、業務多忙で病院に行くことを躊躇っていました。しかし、医師の言葉で、病院を受診するなど私自らが健康管理の姿勢を示すことや、職員同士が気軽に相談しやすい環境を作ることができました。

365日、24時間体制で受け入れますから、発作が起きたら救急車よばずに、すぐに連れてきなさい
(YUKO. T・58歳・女性・神奈川県)

小児喘息の発作を起こし、夜間救急診療を受診し、そのまま2週間の入院治療をした息子が退院する際に主治医の先生がかけてくれた言葉です。

発作時には寝ても、座っても呼吸ができない状態で、6歳の息子の胸からは大人のイビキのような音が聞こえていて、時折急に聞こえなくなって、息が止まってしまったのではないかと不安と恐怖を抱きました。先生の言葉は、いつでも頼っていいんだという私の心の支えとなり、お守りになりました。

紹介状必須の大きな病院の先生でありながら、一人の子どもの疾患、家族の負担に寄り添った対応していただき、感謝の気持ちでいっぱいです。   実際に喘息を完治するまで、3ヶ月に2回ほどのペースで入退院を繰り返した息子です。おっしゃっていただいた通り、深夜でも早朝でも受け入れていただき、本当に救われました。

自由になるためには型にハマらなければならない時がある  
(やまもとさん・17歳・男性・兵庫県   )

あるオーディオ番組で落選した人に向かって先生が言った言葉です。自分にも当てはまる言葉だと思います。部活で自分がしたいプレーをするためにまずは基礎部分をみんなと同じような方にハマって練習しなければいけないなと気付くことができました。プレーでつまずいたときに基礎を大事にしようといつも心を支えてくれています。 

お次っ   
(ねこみみ・64歳・女性・広島県)

高校の時の英語の先生は授業の時毎回一番前の席の生徒を指名しました。

毎回教壇から向かって6列くらいあった列のひとつでまずいちばん前の生徒からだったので、前の生徒はいつも緊張していました。その日いちばん前の生徒を指名した後はその列ほぼ全員が答えなくてはなりません。

先生はひとり答えるとすぐ後ろの席の生徒へ質問します。その時の決まり文句が「お次っ」でした。英語の話以外は寡黙な先生で、あまり長いお話を聞いた記憶もないのですが、張り詰めたような緊張感の中で聞いた「お次っ」の声が今だに忘れられません。

大きくもなく、小さくもないその声、そして自分が答え終わってから聞く「お次っ」がどれだけほっとしたか、そのほっとした思いと同時に、次があるという事実を私はその時にしっかり把握したような気がしています。

だから、今でも落ち込んだり、なさけなくなったりしても、次があるイコール先生の「お次っ」が思い出されて、次行こう次って思えるのです。先生の言葉そのもので助けられたわけではないのですが、その先生のたった3文字に今でも助けられているということは忘れることがなく、今でもそしてこれからもずっとたった3文字の私のお守りコトバとして存在し続けると確信しています。          

PS: 募集の「お守りコトバ」とは趣旨が少し違うかなという思いはあるのですが、ずっと長い間忘れることがなく、今だに私にとってお守りとなり心の支えになっているのは本当のことなので応募させていただきたいと思いました。

地位が人を作る
(おれんじあんてな・48歳・男性・神奈川県)

高校時代、学級委員を決める際に誰も名乗りを上げず、「じゃんけんで最後まで勝ち残った人が引き受ける」というルールになりました。そこで一番勝ち続けてしまったのが私でした。

人前に立つ自信も経験もない自分に、大役が務まるはずがない。逃げ出したい一心で担任の先生に相談した際、かけられたのが「地位が人を作る」という言葉でした。

先生の話は「今はできなくていい。その立場に身を置き、向き合おうとすれば、自ずとその場にふさわしい振る舞いができるようになるものだ」というものでした。その言葉を信じて立場に向き合った結果、任期を全うできただけでなく、自分でも知らなかった「責任感」という一面を見つけることができました。

社会人になり管理職を打診された際も、「この役割が自分を成長させてくれる」という挑戦の心を持てたのは、あの日先生からもらった言葉が心にあったからです。          

PS: 今はこの言葉を部下に伝えて、背中を押す立場になっています。

つながるティーペック賞(3名、賞品:3,000円ギフトカード)

貴方の周りには、貴方のことを助けようとしてくれる人が、貴方のことを支えてくれる人がいることを、どうか忘れないでください     
(かりん・14歳・女性・兵庫県)

これは、私が小学6年生、卒業式の時に、校長先生から贈られた言葉です。中学2年生である今になっても、言われた時の感動は、忘れたことはありません。

きっと、この言葉は私だけに贈られたものではありません。けれど、周りの人は、貴方が思っているよりもずっと、助けてくれるのだと、そして、その人達への感謝を忘れないでほしいのだと、校長先生は教えてくれました。それは、不登校であった私にとって、頼ることを覚えさせてくれました。

私は、人に頼る事が幼い頃から苦手です。それは、今も尚変わりません。

完璧主義で、変なプライドから、人に頼るということがどうしても苦手な私。
そんな私から、誰かに頼るという選択肢が出来たのは、この言葉からです。

私がそれを聞いて、最初に思い浮かんだのは、その校長先生が、私を個人として接してくれた時の事です。

私は元々、校長先生なんて、敬わなければいけない存在、としか思っていませんでした。けれど、不登校になり、保健室に登校して初めて校長先生と対話した時、私は衝撃を受けました。こんなに、私個人のことを見てくれるのだと。1生徒としてではなく、1人の人間として見てくれた事。

なにが好きか、家で何をしているのか。そんな日常的な会話をした事を、私は鮮明に覚えています。

そして、更に衝撃的だったのは、この後私が1人で家に帰る事を危惧した先生方が、誰かと同伴で帰宅させよう、となった時、校長先生が立候補した事です。

そして、その後校長先生同伴の2人で帰宅しましたが、私は、校長先生が贈ってくれたあの言葉は、先程の、校長先生が、帰宅する同伴相手として、立候補してくれた事、助けてくれた事を、鮮烈に思い出させてくれました。

この事があったからこそ、あの言葉に意味がある。

そう、言ってくれた本人が、思わせてくれました。

だからこそ、周りには助けてくれる人がいるのだと、頼っても良いのだと、そう、思えました。 言葉を贈ってくれたのも校長先生であり、そうなんだと思わせてくれたのも、校長先生です。卒業式で、この感謝を伝えることは出来ませんでした。けれど、どうか、この言葉が、想いが、伝わることを、私は願います。ありがとうございました。         

悩んでいることがあるなら、いつでも話してね
(うさぎ・14歳・女性・宮崎県)

体調を崩し、保健室で休み、回復して教室に戻る前に、保健室の先生がかけてくれた言葉。

長い時間休んでいるのに、なかなか回復せず、その原因が日頃の疲れやストレスからくるものだった。いろいろ考え事が増えて、誰にも打ち明けられない状況の時に、そっと助け舟を出してくれて、どこか安心している自分がいた。それから先生とたくさんお話しするようになって、とても楽しい時間だった。「あの時間に戻れたら良いのに。」とふと思う今日この頃です。わたしもいつかそんな温かい言葉をかけられる大人になりたい。       

またいつでも戻っておいで。ここで待ってるからね
(もも・22歳・女性・京都府)

私の通っていた幼稚園は小高い丘の上にある小さな幼稚園。お友だちとも、先生とも、おうちの人とも距離の近い、あたたかい園です。そんな園で育った私たち卒園生は幼稚園がだいすき。入学や卒業と節目ごとに幼稚園に顔を出したり、今でもつながりがあります。

なんでもない日でも幼稚園に戻ると「おかえり。」とあたたかく迎えてくれる先生。

そして、帰り際には「またいつでも戻っておいで。ここで待ってるからね。」といつも伝えてくださいました。

私たちには帰る場所があるんだ、待っていてくれる人がここにはいるんだとうれしい気持ちと同時に、心の拠り所でもありました。その言葉があったから、がんばってみようと思えたことが何度もありました。そんなだいすきな幼稚園も閉園することになりました。とてもさみしかったけれど、先生がたくさんの愛情を注いでくださったおかげで、今の私たちがあります。カタチとしての園はなくなってしまったけれど、私たちの心の中に今でも帰る場所としてあたたかくあり続けています。    

plus Baton(プラスバトン)賞(3名、賞品:3,000円ギフトカード)

待っていたよ    
(の・20歳・女性・静岡県)

私が中学生の頃のお話です。中学3年生の頃、私が人間関係で悩んでしまい、学校に行けなくなってしまいました。高校受験が終わり、卒業間近、卒業式の練習が始まる頃です。

私は、ピアノが好きで、卒業式の合唱伴奏を務めさせていただくことになっていました。しかし、卒業間近、卒業式の練習が計画されている中、私は学校に行けない日が続いていました。そんな中、あるクラスメイトから、「明日も私が学校に来なかったら、本番、伴奏なしで歌うか、別の人に伴奏を担当してもらうかもしれないみたいだよ」という内容のお話を聞きました。

私は、ピアノが大好きで、これだけは誰にも譲れないというものだったため、次の日、学校に向かいました。卒業式の合唱の練習の時間まで、別室で待機させていただいていました。もうすぐ卒業式の練習が始まる、という時に、体育館のステージ上にあるピアノと幕の影に隠れて、合唱練習が始まるまで、そこで待たせていただいていました。

そのとき、隣のクラスの先生が、ピアノの近くに隠れている私を発見し、ひとこと、「待っていたよ」と囁いてくれました。そのとき、ものすごく嬉しかったです。じわじわと頭と心が熱くなる感じがしました。「あ、私って待ってくれている人がいたんだ」と思い、涙が溢れてきました。

同じ学年の中の誰からも相手にされないのかもしれないなと思っていたところ、先生からそのようなお言葉をいただきました。自分を肯定してくれて、”私”のことを待っていてくれて、必要としてくれている人がいるのだと思い、本当に心が救われました。嬉しかったです。

今、こうして、文章を書いていても、あのときのみんな、敵だったのではないかな、そして今もみんな、私の敵なのかも、私のこと嫌っていて、眼中にもないのかもしれないのかな、と怖くなっています。パニックにもなります。

けれど、その先生のお言葉と、そのお言葉だけ告げていく姿に、私は、「僕はあなたの存在を認めます」「存在しているだけでいいんだよ」というような、私の存在そのものを肯定してくれているような意味合いを感じました。今まで、”お守り”として、この言葉を意識したことはあまりありませんでしたが、そのときの私には、確実に、自分の居場所をつくってくれた、お守りでした。

「存在しているだけでいい」「あなたの存在自体を認めます」ということが伝わる言葉ってなかなか存在しないと思います。

学校も行けず、卒業式の合唱の伴奏という役割を担っていたにも関わらず、練習にも行けない、伴奏者がいない、という状況を生み出してしまった。卒業生みんなを卒業間近に不安にさせてしまった、きっと先生方も、伴奏者が来ないと困っていた中であったと思います。そんな無責任で、隠したいことばかりの私を、存在ごと認めてくださったこと、私の全部を受け入れてくれているようで、本当に本当に救われました。

私はその先生の、人間としての中身の深さに感激を受けました。先日、そんな中学で、成人式が行われました。その先生もいました。その先生からの式典でのお言葉は、私たちに何かを投げかけるようなものではなく、その先生の好む本の紹介でした。

「人間関係、人の機嫌とは、天気のようなもの。私たちには、変えられない。」そのような内容の本の紹介と、お言葉であったことを、今、思い出しました。

私が中学生の頃も、その先生は、その人間のしくみをわかっていたのでしょうか。

成人式があったから約1ヶ月の今日までの期間、知らず知らずのうちに、私は人間関係で悩んだとき、「人の機嫌は天気のようなもの」と考えていました。

この先生は、「人の機嫌は、私たちには変えられない」ということを知っているどころか、「主張せずとも、人の心に自然と残る、言葉の伝え方」を知っているのかもしれません。

今度の私の中でのお守りコトバは、「人の機嫌は天気のようなもの」になりそうです。 このような、先生からもらったお言葉について考える機会、企画を設けてくださり、本当にありがとうございます。まさか、最近私の頭の中にふと現れる「人の機嫌は天気のようなもの」という考え方が、「待っていたよ」と中学の頃の私に言って下さった先生からもらったお言葉(考え方)であったことに、本当に驚きました。こうして、自分の考えと記憶を遡る機会がなければ、気がつかなかったと思います。

「人の機嫌は天気のようなもの」という考え方、なにか、自分の考えではあるけど、そうでないような、誰かの言葉を借りているような少し不思議な感覚だとは認識していたんですよ。本当にありがとうございます。楽しかったです。

すごいじゃん
(みーみ・16歳・女性・鹿児島県)

たった一言。でも、その一言が私を喜ばせ、前を向かせた。私は、中学一年生の後半から学校に行く事が出来なくなった。理由は色々あるが、一番は環境の変化についていけなかったことだった。学校に行こうとしても足が動かなくなり、涙が出てくる。

それでも、最初は別室に頑張って登校していた。しかし、限界が来るのは早かった。学校に入ろうとすると、拒絶反応が出る。体が言う事を聞かない。辛かった、学校に行けないことが、みんなと同じように出来ないことが。結局頑張ったものの、三学期からは学校に行くことは無くなった。それから、二年生に進級し、最初の始業式は学校に行って欲しいという親の言葉を聞き、意を決して学校に行った。久しぶりに行った学校で周りの目が痛かった。

自分の事を話している声が聞こえる。辛かった。帰りたかった。私は、その場に居たくなくて帰ろうかと思った時、一人の先生がクラスに入ってきた。私のクラスの担任の先生だった。先生は、笑顔でこれからよろしくおねがいしますといった。私は、先生をじっと見ていた。いつの間にか帰るという考えが消えていた。

その日は、始業式だったこともあり午前だったため、最後まで学校にいることが出来た。次の日になり、私は何故か学校に行ってみようかという考えが頭に浮かんだ。自分でもビックリした。何故か分からないが行ってみたいと思えた。母に学校まで連れて行ってもらった。こんなにすんなり学校に行くことが出来たのは、いつぶりだっただろうか。私は自分のクラスに入った。やはり、自分だけ浮いてる感じがする。帰りたいと思った。その時、先生が入ってきた。そして先生は私を見て私の方に近づいてきた。私は、何を言われるのか少し焦った。もしかしたら、学校に来なかったのになぜ来たのか、今日来れるのに何故今まで来なかったのか、聞かれるのかと頭の中でグルグル頭を悩ませた。しかし、私の考えとは裏腹に先生は私に衝撃的な言葉をかけた。

すごいじゃんその言葉こそ、私を喜ばせ、前を向かせた言葉だった。

私はきっと誰かに褒めて欲しかった、自分の今の状況を理解して認めて欲しかった。たった一言。その一言が私は欲しかったのだと思う。私がこの状況になってこの言葉を言ってくれた人は居なかった。

頑張って学校に行っても、すごいじゃんとは誰も言ってはくれなかった。褒めて欲しいなんて図々しい、学校に行くなんて当たり前。そう思う人は多くいるだろう。

でも、当たり前が当たり前じゃなくなってしまった私にとって褒められることは自分を認めてくれている気がする。だから、きっとすごいじゃんの言葉が私を救ってくれたのだと思う。

その後私は学校に少しづつだが、登校するようになった。先生にとっては些細なことなのかもしれないが、私にとっては人生の大きな分岐点となった。先生には感謝してもしきれない。これが私を支えてくれた先生の言葉だ。  

心の体力も大切です!
(まあちゃん・73歳・男性・北海道)

クリニックで血管年齢とストレス測定検査を受けた。血管年齢は10歳も若いがストレ数値は年齢以上に高い結果だった。先生から高齢者は身体の体力同様に心の体力も充実させることが大切!とアドバイス。

これまで運動や食事には気を付けていましたが、人との関わりは孤立していました。認知症にならないように、明日から高齢者が集う趣味の会に参加して「心の体力」を充実させようと決めました。

ゆきこ先生賞(3名、賞品:わたなべゆきこ先生おすすめグッズ)

あなたにはあなたの過ごしやすい世界がある
(こう・30歳・男性・神奈川県)

中学生の頃、些細な事で友達と喧嘩をしたのがきっかけで仲間外れにされ学校に行けなくなってしまった。心配した母親からスクールカウンセラーの先生に話を聞いてもらったら?と提案され実際に会って悩みを相談した。

先生は僕の話を遮らず、ただ聞いてくれて最後に色々辛いとは思うけど今は学校という狭い場所にいるから大変なだけ。あなたにはあなたの過ごしやすい世界があるから大丈夫だよと言われた。

当時はよく意味が分からなかったが、大人になった今では理解出来る。学校という場がつらくてもそれ以外で自分が楽しめる場所は必ずある。だから合わない友達とも無理をしなくても良いという事だったんだろう。実際働き始めてからも人間関係に悩み仕事を辞めたいと思った事はあるが、それでも職場以外で楽しい場所が色々出来たから何とか仕事を続けられている。中学生の僕には難しかったけど、大人になってからもお守りになっている言葉だ。         

いつもの先生の授業をしてほしい
(たかとし1108・36歳・男性・富山県) 

教師をしていると、目の前の子どもが先生になるときがある。 教員として2年目の研究授業で、たくさんの先輩の先生の前で緊張してしまい、めちゃくな授業をしてしまった。案の定、その直後、先輩の先生から注意されて、落ち込んだ状態で子どもたちの前に戻った。

そんな時、教室の子どもから言われたのが、「いつもの先生の授業をしてほしい」という言葉だった。研究授業ということで、自分を見失っていたときに、教室の子どもたちは、いつもの私の授業を求めてきて、本当にうれしかった。それが自信となり、今年で教員生活13年目になるが、今でもこの言葉を胸に教壇に立ち続けている。           

楽な道を選ぶな、楽しい道を選べ
(もちもち・23歳・女性・神奈川県)

小学校を卒業する時、当時の担任の先生がこれからの先の人生、決断に迷うことがあったらこの言葉を思い出して欲しいと教えてくれました。この言葉は私の人生の羅針盤のような、大切な言葉です。

私は昔から考えすぎてしまう性格のため、これまでも部活動が辛く辞めたくて悩んだり、進路や就職先を悩んだり、そして今でもキャリアについて迷うことがあります。でも、そんな時はこの言葉を思い出して自分が興味が湧く方を選択すると決めています。

これまでの人生を振り返えると紆余曲折あり、悩みが絶えない自分の性格を何度も嫌だと思いましたが、これまでの選択を後悔したことは不思議とありません。これからも、この言葉に従い楽しい道を選べば、きっと幸せだと思える人生になると信じ、頑張って生きようと思います。          

総括

こころのヘルスケアの日の企画として、「先生からのお守りコトバ」を募集しました。教師、習い事の先生、医師など、“先生”からもらった心を支える言葉のエピソードを広く募集したところ、10代から80代まで多くの方からご応募をいただきました。

最も多く寄せられたのは、学校生活の中で教師からもらった言葉のエピソードです。

現在10代で学生生活を送る方から、学校生活が何十年も前という人生の先輩まで、幅広い世代が「今でも大切にしている言葉」を語ってくださいました。子どもの頃にもらった一言が、何十年経っても人生の支えになっている例は決して少なくありません。

また、受験のプレッシャーや、不登校のきっかけが些細な出来事であることなど、子どもたちの心の繊細さも浮き彫りになりました。同時に、「先生」という立場の言葉が持つ責任の重さも感じられました。

今回の企画を通じて改めて感じたのは、「人の言葉の力」です。人は、どのタイミングで、どんな声色で、どんな言葉をかけられるのかによって、心に大きな影響を受けます。

先生からの言葉には計り知れない力があります。また、こうした力を持つ言葉を届ける立場にある「先生」のこころの安定やモチベーションを支える取り組みは、社会にとって重要だといえるでしょう。

人の心を支える言葉の背景には、支える側の健やかなこころがあることを、この企画は改めて示してくれました。AIの時代であっても、人の声や言葉が持つ力は変わりません。

最後になりましたが、たくさんのご応募をいただき、誠にありがとうございました。

こころのヘルスケアの日とは?

メンタルヘルスの問題は、誰にでも起こり得るものです。自分のこころの状態と向き合い、「ちょっとした気づき」の段階でケアを行うとともに、必要に応じてひとりで悩まず専門家に相談するなど、適切な支援につながることができる社会の実現を目指し、制定した記念日です(一般社団法人日本記念日協会認定)。

日付は、1993年4月にティーペック株式会社がメンタルヘルス相談サービスを開始したことにちなむとともに、新年度の始まりは何かと忙しく変化が多い時期であることから、こころのヘルスケアを意識していただきたいという思いを込めて、4月1日としました。

「先生からもらった“お守りコトバ”」を募集(こころのヘルスケアの日2026企画)
こころのヘルスケアの日公式note 

<参考>

つながるティーペック
健やかに生きるための“情報”が見つかるwebサイトです。

プラスバトン(plus Baton)
ちょっとした健康の不安や、もしものお悩みを相談できる健康サポートWebサイトです。対象者(https://plus-baton.t-pec.co.jp/register/step)はサービスが無料で使えます。

わたなべ ゆきこ(ゆきこ先生)
Instagram@yukikosan.t

「しんどい先生の心が少しでも軽くなってほしい。一人ではないと伝えたい。」という思いのもと、InstagramやVoicyなどのSNSで発信をしている。2023年2月に初の単著『学校がしんどい先生たちへ それでも教員をあきらめたくない私の心を守る働き方』(KADOKAWA)を出版。私立校のInstagram運用やコンサル、ショート動画を作りたいという学校へ授業や研修を行なっている。
<インタビュー>つながるティーペックインタビュー“がんばる”より“回復する”を選べるようになったお守りコトバ——学校や子育て現場に必要なこころのヘルスケア方法とは

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