統計・分析
主な過労死・過労自殺の損害賠償事件
企業の安全配慮義務違反
出典:「EAP導入のすすめ」 著者:弁護士 小笠原耕司
事件名 | 裁判所 | 賠償額・和解額 |
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電通過労自殺事件 | 最高裁 | 1億6,800万円 |
システム・コンサルタント事件 | 最高裁 | 3,200万円 |
南大阪マイホーム・サービス事件 | 大阪地裁 | 3,960万円 |
みくまの農協事件 | 和歌山地裁 | 859万円 |
川崎水道局事件 | 東京高裁 | 2,100万円 |
富士保安警備事件 | 東京高裁 | 6,294万円 |
電通過労自殺事件
(最高裁判所第二小法廷 平成12月3月24日 判タ第1028号)
長時間にわたる残業を恒常的に伴う業務に従事していた従業員(当時24歳)がうつ病に罹患して自殺した事例。
最終的には、企業が自殺した従業員の遺族に対し、1億6,800万円を支払うとの和解が成立している。
事案の概要
(1) 本件の原告であるXらの長男Aは、大学卒業後の平成2年4月、大手広告代理店であるY社に入社した。
(2)Aは同年6月Y社のラジオ関係部署に配属されたが、当初から長時間にわたる残業を行うことが常況となっており、これは次第に悪化する傾向にあった。
(3) Y社においては、残業時間は従業員が自ら申告することとされていたところ、Aの申告した残業時間の月間合計の値は、いわゆる三六協定で定められた上限の前後となっていた。
(4) しかしながら、Aの申告に係る残業時間は、実際のものよりも相当少なく、Aは業務遂行のために徹夜まですることもある状況であった。
(5) そこでAの上司らは、このような状況を認識はしていたが、具体的な対応としては、平成3年3月に、直属の上司Y1がAに対し、業務は所定の期限までに遂行することを前提として帰宅してきちんと睡眠をとり、それで業務が終わらないのであれば、翌朝早く出勤して行うようになどと指導したのみであった。
(6) Aは、同年7月には業務の遂行とそれによる睡眠不足の結果、心身ともに疲労困憊した状態になった。この頃Y1は、Aの健康状態が悪いのではないかと気づいていた。
(7) こうしたことが誘因となって、Aは遅くとも同年8月上旬にうつ病に罹患した。
(8) そして、同月23~26日にかけて出張を伴う業務を終え、同月27日午前6時頃帰宅した後、午前10時頃風呂場で縊死していることが発見された。
これに対して、Y1は、
① 健康診断を受けさせており、平成2年秋(亡くなる約1年前)に行われた健康診断の結果は、採用前に行われたものの結果と同様であった
② 近くのホテルと特約した宿泊施設を、無料で随時利用しうる状態にしていた
③ 深夜残業者に対する出勤猶予制度を設けていた 等、施設・制度の充実・管理、完備を主張し、安全配慮義務を尽くしていたと主張した。
システム・コンサルタント事件
(最高裁判所第二小法廷 決平成12年10月13日 労判第791号)
コンピュータソフトウェア開発に従事していた従業員が、脳幹部出血により死亡し、相続人らが会社に対し、これは過重な業務に従事したことが原因の過労死であり、同社には安全配慮義務を尽くさなかった債務不履行がある旨主張し、逸失利益・慰謝料等の損害賠償を求めた事例。第2審は3,200万円の損害賠償責任を認めた。
事案の概要
(1) AはY社においてシステムエンジニアとしての業務に従事していた。
(2) 入社以来、年間総労働時間は平均して約3,000時間近くに達するものであり、所定外労働時間は平均しても所定内労働時間の約40%強にもなるうえ、最も多い年には年間3,578時間に達するなど、恒常的に過大であり、Y社内においてもその多さが問題にされたことがあった。
(3) 死亡前の2か月は、総労働時間が1か月換算で約270時間ないし約300時間に達していて過大であり、とりわけ死亡直前1週間の総労働時間が73時間25分(週48時間の法定労働時間の1.53倍、週40時間の所定内労働時間の1.84倍)にも達し著しく過大であった。
(4) Aがプロジェクトリーダーに就任してから死亡するまでの約1年間は、時間的に著しく過大な労働を強いられたのみならず、極めて困難な内容のプロジェクトの実質的責任者として、スケジュール遵守を求めるクライアントと、増員や負担軽減を求める協力会社のSEら双方からの要求および苦情の標的となり、いわば板挟みの状態になり、高度の精神的緊張にさらされ、学生時代に行っていたスポーツをしなくなり、死亡する1年くらい前からはドライブにすら行かず「疲れた」と言っては夕食後早々に寝てしまうような状態になるなど、疲労困憊していた。
(5) かかる状況において、Aは自宅で倒れ、直ちに病院に緊急搬送されたが、脳幹部出血により死亡した(当時33歳)。
南大阪マイホームサービス事件
(大阪地方裁判所堺支部 平成15年4月4日 判タ第1162号)
拡張型心筋症の基礎疾患を有するリフォーム工事会社の従業員の急性心臓死について、業務との間の相当因果関係を認め、代表取締役の健康配慮義務違反と、会社の安全配慮義務違反による損害賠償責任が肯認された事例。遺族妻に対して約1,980万円、子ども2人に各990万円の支払いを命じた。
事案の概要
(1) Yは、建物の増改築工事(リフォーム工事)等を目的とする会社であり、Aは工務部、業務課、資材業務課等で業務に従事していた。
(2) Aの業務内容は多種多様であり、突発的に入ってくる応援の仕事に対応できるよう準備しておくことが求められた。
(3) Aは、ほぼ毎日現場に出向き、1日に4、5か所を巡ることもしばしばあった。こうした業務は、リフォーム等の顧客との関係はもとより、現場で実際に稼働している大工との関係でも、気を遣う業務であった。
(4) Aは、少なくとも数件のクレーム処理案件に携わっていた。
(5) Aは、工事現場の清掃、廃材や残材の引上げや、高所に上って放水するという放水テスト、また資材の搬入等、多分に肉体労働の側面を有する業務も行っていた。
(6) Aは、平成10年2月6日以降死亡するまでの間、平日は平均して3時間以上の残業労働に従事し、休日においてもその半分の日数は出勤していたほか、月平均約3.5日は深夜まで業務に従事していたものであって、特に平成10年4月度から10月度の間においては非常に多忙であった。
(7) 平成10年9月末頃からAは、帰宅して夕食を済ませた後、そのまま横になって寝入ってしまうことが多くなり、また、就寝中のいびきが異常に大きくなっていった。同年11月4日には、Aは、午前7時15分ころに出勤のため自動車で自宅を出発したが、その直後、自分で運転していた自動車を、保冷庫に追突させる事故を起こした。Aは、同事故の際の状況につき、一瞬、頭の中が真っ白になった旨述べていた。また、同月半ば過ぎ頃から、Aは毎日入っていた風呂にもあまり入らなくなっていき、2日に1回、3日に1回と減っていった。また、Aの家族の目から見て、非常に疲れがたまっているようであったため、家族は、連日、夜中の3時ころまで、AのそばでAが息をしているかなどと様子をみるようになっていた。同月25日には、Aは右足全体がつったり、同年12月初め頃には、帰宅後に両足がつったりすることもあった。このように、本件発作前のAについては、疲労の蓄積を思わせる状況が多分にあった。
(8) このような状況の中、Aは、平成10年12月4日、勤務中に発作を起こして急性心臓死した。
みくまの農協事件
(和歌山地方裁判所 平成14年2月19日 判タ第1098号)
農業協同組合に勤務していた従業員が死亡(自殺)し、同組合に過失または債務不履行(安全配慮義務違反)があったためであるとして、家族が同組合に対し、不法行為または債務不履行(安全配慮義務違反)による損害賠償請求権に基づき、損害および遅延損害金の支払いを求めた事例。895万8,540円の支払いが認められた。
事案の概要
(1) Aは、農業協同組合Yに就職し、平成9年当時、Yが設置したC給油所の所長として勤務していた。
(2) Aには、精神疾患の病歴があった。
(3) 平成9年7月26日、台風の襲来による河川の急激な増水により、給油所が浸水し、機械類の破損、帳簿・書類等の汚損を生じ、給油所としての通常業務ができなくなった。
(4) Aは、復旧作業に忙殺されるとともに、請求書の作成や在庫把握という急を要する担当業務が書類の汚損によって困難になり、さらにはYに対して被害を与えたことや他の職員の応援を受けざるを得なくなった事に対する自責の念を募らせていた。
(5) その結果Aは、うつ病に罹患したが、そうでなくても自殺を惹起するようなことは、うつ病に比肩すべき精神疾患に罹患した。
(6) Aは、高度な焦燥感や睡眠障害が加わるなどした結果、8月22日午前9時30分頃自殺した。
川崎水道局事件
(東京高等裁判所 平成15年3月25日 労判第849号)
水道局職員が、職場内・職場外における嫌がらせ・いじめ等により自殺し、市の安全配慮義務違反が認められ、国家賠償法上の責任により、2,100万円の損害賠償を負った事例。
事案の概要
(1) Aは川崎市の水道局工事用水課に勤務中、同課課長であるY1、同課係長であるY2および同課主査であるY3のいじめ、嫌がらせなどにより精神的に追いつめられて自殺し、従業員の遺族が、被告川崎市に対し計約1億2,000万円の損害賠償を求めた。
(2) Aは、内気で無口な性格であったが勤務態度はまじめで評価も最高のAを受けていた。
(3) しかし、配置転換で、工業用水課に配属された後、上司3名から、「むくみ麻原」と言われたり、嘲笑を受けたり、女性経験のないAに対しヌード写真をみせてからかったり、合同旅行会において「今日こそ刺してやる」などとナイフをつきつけたり、「何であんなのがA評価なんだよ」といった執拗ないじめを平成7年6月頃から受け、欠勤しがちになっていき、平成9年3月自殺するに至った。
(4) ちなみにAは、内気で過去に登校拒否になったこともあった。
(5) これに対して、被告川崎市は、Aが、いじめを訴えた平成7年12月5日時点で、精神疾患がみられるようになったことを知り、同局は、Y1・Y2・Y3に面談して一応調査を行ったり、Y1にその調査を命じたりした。
(6) しかし、調査の結果いじめはなかったとして、A宅に訪問し、職場復帰について話し合った。
(7) その後、Aの机から遺書が見つかったという遺族の知らせを受けて水道局としても度々訪問するなどの対策はしていた。
(8) また、高校時代に2度の不登校があり、もともと精神疾患を負っていたのではないかと考えられ、平成8年4月1日に別の係に異動させている等の対応もとっていることから、責任はないと主張した。
富士保安警備事件
(東京地方裁判所 平成8年3月28日 労判第694号)
警備業務中に、脳梗塞で警備員が死亡し、死亡した警備員の遺族が、使用者およびその代表者に対し、雇用契約上の安全配慮義務違反等を理由として損害賠償を請求した事例。健康診断の不実施による会社の安全配慮義務違反および、代表取締役個人の不法行為責任が認められ、会社および代表取締役に6,294万円の損害賠償を負わせた事例。
事案の概要
(1) 警備員Aは、昭和52年6月、警備員として採用され病院の夜間・休日の警備業務に従事していた。
(2) 平成2年4月23日午前1時、宿直室で発見された際、脳梗塞で意識はなく、死亡していた(当時68歳)
(3) Aは4週間休日なく働いていたり、仮眠用のベッドは当直勤務の事務職員待機場所と同一の部屋(約6畳の広さ)に置かれていて、安眠することが困難であった。
(4) こういった警備状態は、12年間以上にわたって行われており、慢性恒常的な過労状態であったと考えられた。
(5) また、12年間に渡り、1度も健康診断は行われていなかった。